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仙台高等裁判所 昭和51年(行コ)7号 判決

控訴人 白原正一こと白玉基

被控訴人 法務大臣 ほか一名

訴訟代理人 山田巌 藤田秀次郎 橘内剛造 ほか二名

主文

本件控訴は、いずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする、

事実

控訴代理人は「原判決を取り消す。」旨の判決を求めたほか、被控訴人法務大臣に対する主位的請求として「被控訴人法務大臣が昭和四二年一〇月一九日付仙台入国管理事務所名義の不許可通知と題する書面で控訴人に通知した控訴人の在留期間更新不許可の決定は無効であることを確認する。」旨の判決を、予備的請求として「被控訴人法務大臣が昭和四二年一〇月一九日付仙台入国管理事務所名義の不許可通知と題する書面で控訴人に通知した控訴人の在留期間更新不許司の決定はこれを取り消す」旨の判決を求め、被控訴人仙台入国管理事務所主任審査官(以下被控訴人主任審査官という。)に対し「被控訴人主住審査官が昭和四三年九月二四日控訴人についてした仙第九号の退去強制令書の発付処分はこれを取り消す」旨の判決を求め、なお「訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする」旨の判決を求めた。被控訴人ら代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の関係は左記に補足するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(控訴代理人の主張)

一  控訴人は、「ポツダム宣言の受諾に伴い発する命令に関する件に基づく外務省関係諸法令の措置に関する法律」(昭和二七年法律第一二六号、以下単に法律第一二六号という。)第二条六項の「日本国との平和条約の規定に基づき、同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱するもので昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引続き本邦に在留するもの」という規定に該当する者であり、同法が右条項該当者に対し、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格および在留期間が決定されるまでの間、引き続き在留資格を有することなく日本国に在留できるものと定めたことにより、別に法律で在留資格および在留期間が決定されるまでは引き続き在留許可なしに日本国に在留できる法的地位を有するものである。このような法律第一二六号第二条六項該当者の特別な法的地位にてらすと、同条項該当者には、外国人の退去強制を定めた出入国管理令第二四条は適用される余地がない。すなわち、同条一号から三号までは在留資格を有しない外国人の退去強制に関する規定であり、同条四号は、在留資格と在留期間の定めのある外国人の退去強制に関する規定である。したがつて前述のように、在留資格や在留期間の定めはないがしかし、別に法律で在留資格や在留期間が定められるまではそれらの定めを有しないまま日本国に在留することができるという特殊な地位である法律第一二六号、第二条六項該当者には、規制の対象を異にする右出入国管理令第二四条は適用される余地がない。この点からいうと、被控訴人法務大臣が、昭和三五年七月二五日付で控訴人に対し同令第五〇条の規定による在留特別許可を与えたことはそもそも誤まりであつた。すなわち右許可は、控訴人が出入国管理令第二四条四号リに該当する旨の仙台入国管理事務所入国審査官の認定に誤まりがないということを前提としているが、前述のように控訴人には右規定が適用される余地がないから、右の在留特別許可はその前提を誤まつているのである。そして、在留特別許可は、一切の在留資格も在留期間も有しない者に対してなされるものであるが、控訴人は前述のように法律第一二六号第二条六項該当者として別に法律が制定されるまでの間日本国に在留できるという特殊な地位を有するものであるから、法務大臣が、右の法的地位を剥奪する裁判や裁決を経ずに、在留期問を一八〇日に制限する在留特別許可をすることが許されないことも明らかである。したがつて、昭和四二年一〇月一九日付の被控訴人法務大臣の在留期間更新許可申請に対する不許可決定の処分(以下本件不許可決定という。)も、その前提である在留特別許可処分が無効のものであるから何らの効力を生ずる余地がない。

二  本件不許可決定は、昭和四二年一〇月二〇日控訴人に通知されたのにもかかわらず、控訴人が本訴を提起したのが昭和四三年九月二七日であることは認めるが、控訴人は、仙台入国管理事務所において不許可決定の告知を受けた際、不服な者に対しては、後日不法在留ということで調査が行なわれ入国審査官の審理を経たうえ、異議申立の機会に法務大臣の審査の機会があると伝えられただけでそれ以上の不服申立の方法についてはなんら教示されることがなかつた。そして控訴人は、そのような教示を受けたとおり、入国審査官の審理を経たのち、法務大臣に対する異議申出を行ない、昭和四三年八月六日、右異議申出が棄却されたので本訴の提起に及んだものであるから、本訴の提起は行政事件訴訟法第一四条四項の適用を受け、出訴期間の要件を満した適法な訴訟提起とみられるべきである。

三  被控訴人法務大臣の本件不許可決定は、裁量権の濫用にあたり違法であり取り消されるべきである。すなわち法律第一二六号第二条六項に定める「別の法律」に該当する一つの法律として、昭和四一年一月二七日「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(昭和四〇年一二月一八日条約第二八号)が発効した。これによると、従来法律第一二六号第二条六項該当者であつた大韓民国に国籍を有する在日朝鮮人は、永住許可の申請をすることが認められ、永住許可を得られた者については、七年以上の懲役または禁錮に処せられない限り刑事裁判で有罪判決を受けても退去強制の対象とはされないことになつた。右の協定は、大韓民国に国籍を有しない控訴人のような在日朝鮮人には適用がないけれども、その趣旨は類推せられるべきであり、被控訴人法務大臣は、控訴人ら法律第一二六号第二条六項該当者について大韓民国に国籍を有し永住許可を得られた者と同じ条件でなければ退去強制ができないようにその権限を覊束されたものというべきであり、この制限をこえてなされた退去強制すなわち本件不許可決定は裁量権の濫用にあたるというべきである。

四  被控訴人主任審査宮が控訴人に対して昭和四三年九月二四日、仙第九号の本件退去強制令書を発付した本件退去強制処分は違法である。すなわち、右退去強制令書は控訴人に出入国管理令第二四条四号ロに該当する事実があるとして発布されている。しかし右の規定は、旅券を所持し、かつ旅券に記載された期限をこえて在留している者の退去強制に関するものであり、前述のように法律第一二六号第二条六項の定めるところにより、別に法律で定めるまで旅券がなくとも日本国に在留できる地位を有する控訴人には適用される余地がない。したがつて本件退去強制処分は法律の根拠を欠くもので違法であり取り消されるべきである。

(被控訴人ら代理人の主張)

一(一)  控訴人がかつて法律第一二六号第二条六項該当者であつた事実は認めるが、法律第一二六号第二条六項該当者に対しても出入国管理令第二四条は適用される。法律第一二六号第二条六項は、その文言からしても出入国管理令第二二条の二第一項の適用を除外する趣旨に過ぎないものであり、右規定のほか出入国管理令全体の適用を除外する趣旨ではない。このことは、「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」(昭和四〇年条約第二八条)第三条ならびに「同協定の実施に伴う出入国管理特別法」(昭和四〇年法律第一四六号)第六条が、法律第一二六号第二条六項該当者に出入国管理令第二四条が適用されることを当然の前提として退去強制の基準の緩和を定めていることからも明らかである。

(二)  しかも、控訴人は、昭和三五年七月二七日法務大臣の在留特別許可(出入国管理令第四条一項一六号、「特定の在留資格及び在留期間を定める省令」(昭和二七年五月一二日外務省令第一四号)一項三号に規定する在留資格、在留期間一八〇日)の裁決により、法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を失ない、以後は、一般の在留外国人と同様、出入国管理令にもとづいて付与された在留資格、在留期間の範囲内において本邦に在留することになつていたのである。そのような控訴人に対して昭和四〇年六月九日再び法務大臣の在留特別許可が与えられ、その後本件不許可決定および本件退去強制処分がなされているのであるから、控訴人がなお法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を有することを前提とする主張は失当である。

二  本件不許可決定のように、外国人の出入国に関する処分については、行政不服審査法にもとづく異議申立ならびに審査請求が許されないことは、行政不服審査法第四条一〇号の規定により明らかであり、また出入国管理令等において、在留期間更新不許可処分に対し不服申立を許す旨の明文の規定は存しないから、右の処分に対しては行政上の不服申立は許されておらず、右の処分を受けた者が救済を求めるためには行政事件訴訟手続によつて抗告訴訟を提起する以外に途はない。そして、行政庁が審査庁等の教示をしなければならないのは、行政庁が審査請求もしくは異議申立または他の法令にもとづく不服申立をすることができる処分を書面でする場合に限られていることは、行政不服審査法第五七条一項の規定するところであるから、このような処分にあたらない在留期間更新不許可処分については不服申立の教示の義務もないのである。したがつて被控訴人法務大臣が本件不許可決定をするにあたり、控訴人に対して不服申立について特段の教示をしなかつたとしても違法ではないし、行政事件訴訟法第一四条四項が問題とされる余地は全くない。

三  「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位および待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」は、大韓民国国民に対し、同国国民であるが故に適用されるべきものとして両国間の国家的合意にもとづいて締結されたものであるから、大韓民国国民でない外国人にこれを適用し、あるいはその趣旨を推し及ぼすことがなかつたとしても、そのことによつて本件不許可処分が違法となることはない。

これを控訴人についてみると、控訴人は、昭和三四年三月一四日、秋田地方裁判所において窃盗、傷害、銃砲刀剣類等所持取締法違反、脅迫および賍物寄蔵罪により懲役二年、罰金二万円の判決言渡を受け、同月二九日右判決が確定し、出入国管理令第二四条四号リに該当することになつたが、被控訴人法務大臣は、控訴人が法律第一二六号第二条六項該当者であることをも考慮し、同令第五〇条の規定により、在留特別許可をした。控訴人はその後五回にわたり在留期間更新の許可を得たが、在留期間の満了日である昭和三八年四月二三日までに在留期間更新許可申請を行わず同日をこえて本邦に在留し、かつ昭和三八年七月一一日秋田地方裁判所において傷害、暴行、恐喝の罪により懲役一年二月の判決言渡を受けて同月一八日右判決が確定したので、同令第二四条四号ロ、リに該当するにいたつたが、当時在日朝鮮人の韓国への強制送還が困難であつた特殊事情があつたため、被控訴人法務大臣は、やむを得ず再度在留特別許可を行ない、控訴人のその後の更生の余地を見定めることとしてその後三回の在留期間更新の許可をした。しかし、控訴人は、更生するどころか昭和四二年六月二八日秋田簡易裁判所において賭博罪および銃砲刀剣類所持等取締法違反により罰金五万円の判決言渡を受け同年七月一五日右判決が確定したため、被控訴人法務大臣は、控訴人の同月二〇日付在留期間更新許可申請に対し、控訴人が更生の見込のない悪質犯罪者であり、在留期間更新を相当と認めるに足りる理由がないと判断して不許可処分をしたものである。右の判断に誤りがなかつたことは、控訴人が、本訴提起後、強姦、傷害の罪により昭和四五年一一月二四日秋田地方裁判所において懲役二年六月の有罪判決を受け、同年一二月二二日右判決は控訴人の控訴取下げによつて確定し、控訴人が服役したという事実によつても明らかである。

四  被控訴人主任審査官が控訴人に対して出入国管理令第二四条四号ロを適用して退去強制令書を発付したことは適法である。すなわち同条四号ロの「旅券に記載された在留期間を経過して」という文言は、同令第二条五号、第九条一項および三項にいう「旅券」を所持する場合で、右旅券に記載される在留期間、すなわち千手堂に付与された在留期間を経過したことを意味するものであり、いわゆる狭義の旅券を所持する場合に限られるものではない。このことは、出入国管理令が、外国人は、同令上において付与された在留資格をもつて在留し、その在留期間の限度内で在留できることとし(同令第一九条一項)、同令第二二条の二第一項の場合を除いては、在留資格を有することなく在留できないとしていること、および法務大臣が同令第五〇条一項にもとづいて在留を特別に許可するときには、法務省令で定めるところにより、在留期間その他必要と認める条件を付することができるとのみ定め(同令第五〇条二項)、同令施行規則第三七条九号但書が、当該外国人が旅券またはこれにかわる証明書を所持していない場合には、同令施行規則別記第四二号様式による在留特別許可書を交付するものと定めていること、にてらして明らかである。出入国管理令第二四条四号ロは、旅券の所持の有無にかかわらず、在留期間を経過した者について退去を強制し得る旨を規定したものというべきである。このことは、外国人の在留資格は本来権利として有するものではなく、恩恵的に付与されたものであり、その期間の更新許可がなされない限り日本国に滞在する資格はなく、いつ退去を要求されても仕方がない地位に過ぎないことからいつても当然といわなければならない。

(証拠)〈省略〉

理由

一  控訴人が、朝鮮慶尚北道星州郡大家面興山潤二八八番地に本籍を有する一九二七年一月五日生れの朝鮮人であつて、妻ミエ子と婚姻し三子をもうけていること、控訴人は、昭和二〇年九月二日以前から本邦に在留し、法律第一二六号第二条六項該当者であつたが、その後被控訴人法務大臣から出入国管理令第五〇条の規定を根拠として一八〇日間に限つて在留を許可される在留特別許可を受け(その効力はひとまず措く)、右在留期間の更新許可を得てきたところ、控訴人の昭和四二年六月一一日以降の在留期問更新許可申請に対し被控訴人法務大臣が同年一〇月一九日本件不許可決定をしたこと、これをうけて仙台入国管理事務所入国審査官は控訴人を出入国管理令第二四条四号ロに該当するとの認定をしたこと、控訴人が右の認定を不服として口頭審理の請求をしたが、同所特別審理官が右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定をしたので、更に被控訴人法務大臣に異議を申し出たが、昭和四三年八月六日右異議申出が棄却されたことは当事者間に争いがない。

二  ところで、〈証拠省略〉の各記載を総合すると、本件不許可決定がなされるにいたつた経緯として次のような事実が認められる。すなわち、

控訴人は、前示のように法律第一二六号第二条六項該当者であつたが、昭和三四年三月一四日秋田地方裁判所において窃盗罪等により懲役二年、罰金二万円の判決言渡を受け、右判決が確定して秋田刑務所に服役したので、仙台入国管理事務所入国審査官は昭和三四年七月二五日控訴人の行為が出入国管理令第二四条四号リに該当する旨の審査をした。控訴人は、右審査につき同所特別審理官にロ頭審理の請求をしたが、右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定を受けたので、更に被控訴人法務大臣に異議の申出を行なつた。被控訴人法務大臣は右異議の申出は理由がないと認めたが、同令第五〇条一項を適用して昭和三五年七月二七日在留特別許可(在留資格出入国管理令第四条一項一六号、在留期間一八〇日)の裁決をし、右在留特別許可書が交付され、その後、控訴人は在留期間の更新許可を得てきた。ところが、控訴人は、右許可にかかる在留期間(昭和三八年一月二四日期間九〇日として短縮許可)の満了日である昭和三八年四月二三日までに在留期間更新許可申請を行なわずに同日をこえて在留し、かつ同年七月一一日秋田地方裁判所において傷害罪等により懲役一年二月の判決言渡を受け右判決が確定したので、仙台入国管理事務所入国審査官は昭和四〇年二月一五日、出入国管理令第二四条四号ロ及びリに該当する旨の認定をした。控訴人は、右認定に対し口頭審理の申立をしたが同所特別審理官は右入国審査官の認定に誤りがない旨の判定をしたので、更に被控訴人法務大臣に異議の申出を行ない、同被控訴人において昭和四〇年六月九日前同様在留特別許可(在留資格前同、在留期間一八〇日)の裁決をし、同月一一日控訴人は在留特別許可書の交付を受けた。その後控訴人は右在留期間の更新許可を得てきたものであるが、本件不許可決定にさきだつ昭和四二年六月二八日にも秋田簡易裁判所において賭博罪および銃砲刀剣類所持等取締法違反により罰金五万円の有罪判決を受けている。右認定を左右し得る証拠はない。

右に認定した経緯にてらすと、控訴人は、かつて法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を有していたが、昭和三五年七月二七日、被控訴人法務大臣が出入国管理令第五〇条の規定を適用して在留特別許可(在留期間一八〇日)を与えたことによつて、法律第一二六号第二条六項該当者としての法的地位を喪失し、その後は二度にわたる在留特別許可とその更新の範囲で日木国に在留できる法的地位を有するに過ぎなかつたものであるというべきである。したがつて控訴人が今日でもなお法律第一二六号第二条六項該当者として、別に法律の定めがあるまで在留資格や在留期間の定めなく日本国に在留できる法的地位を有することを前提として本件不許可決定が無効であるとする控訴人の主張は失当である。けだし、法律第一二六号第二条六項は「日本国との平和条約の規定に基づき同条約の最初の効力発生の日において日本の国籍を離脱する者で昭和二〇年九月二日以前からこの法律施行の日まで引き続き本邦に在留するものは、出入国管理令第二二条の二第一項の規定にかかわらず、別に法律で定めるところによりその者の在留資格及び在留期間が決定されるまでの間引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができる」というのであり、その文言からして出入国管理令第二二条の二の例外規定-同条項は、日本の国籍を離脱した者または出生その他により同令所定の上陸の手続を経ることなく本邦に在留することとなる外国人について、それぞれ日本の国籍を離脱した日又は出生その他当該事由が生じた日から六〇日間を限り引き続き在留資格を有することなく本邦に在留することができるとして、日本の国籍を離脱した者の在留期間を六〇日に限定している-に過ぎないことは明らかで、それ以上に出入国管理令全体なかんずく同令第二四条の退去強制の規定の適用をも排除するものと解することはできないからである。そうすれば、控訴人に前示認定のように同令第二四条四号リに該当する犯罪歴があることが退去強制事由にあたるとしたうえで、同令第五〇条の規定に基づき在留特別許可を与えた被控訴人法務大臣の措置はもとより違法であり、法律第一二六号第二条六項該当者には在留特別許可をなし得ないことを前提として本件不許可処分を論難する控訴人の主張は採用できない。

三  つぎに〈証拠省略〉の記載によると、本件退去強制令書の控訴人の国籍欄および送還先欄にそれぞれ「朝鮮」と記載されているところ、控訴人が国籍を有する朝鮮民主主義人民共和国と日本との間に国交関係が存在しないことは被控訴人らも認めて争わない。しかし、外国人に対する退去強制は国家の権能に基づいて当該外国人に対し自国からの退去を命ずる処分であるから、送還先となる外国との国交関係または送還者引き取りの合意の有無によつて制約を受けるものではないというべきである。ただ国交関係のない外国に対して送還する場合は出入国管理令第五二条三項の規定により直接に送還することが通常できないことになるが、そのために同令は他の送還先への送還(同令第五三条二項)および自主退去(同令第五二条四項)の方法を定めて送還の方法を確保しているのであるから、控訴人の送還先が朝鮮民主主義人民共和国であるとしても、控訴人に対する退去強制は可能であるというべく、したがつて本件退去強制令書の執行の不能を理由に本件不許可決定が無効もしくは取り消されるべきものであるとする控訴人の主張は理由がないといわざるを得ない。

四  控訴人は、予備的に被控訴人法務大臣の本件不許可決定が裁量権の逸脱または権限の濫用によるもので違法であるから取り消されるべきであると主張する。

しかし、控訴人の法務大臣に対する本件不許可決定取消の訴は、行政事件訴訟法第一四条一項により控訴人が右決定のあつたことを知つた日から三ケ月以内になされなければならないところ、被控訴人法務大臣が控訴人に対し、昭和四二年一〇月一九日本件不許可決定をし、右決定の書面が翌日控訴人に到達しているのに本件訴が提起されたのは三ケ月を経過したのちである昭和四三年九月二七日であることは当事者間に争いがない。控訴人は、本訴の出訴期間については行政事件訴訟法第一四条四項の適用があるというが、右の規定は、処分又は裁決について審査請求ができる場合または行政庁が誤まつて審査請求をすることができる旨を教示した場合において、審査請求があつたときには、審査請求をした者について裁決があつたことを知つた日または裁決の日を出訴期間の起算日とするというのであるところ、本件不許可決定は、審査請求または異議申立等の行政法上の不服申立ができない処分であることは行政不服審査法第四条一項一〇号の規定上明らかであることに加えて、被控訴人法務大臣が誤まつて審査請求をすることができる旨を教示したことを認め得る証拠もなく、しかも、控訴人の異議申出は本件不許可決定に対する審査請求ではなく、仙台入国管理事務所入国管理官が不法在留に関する調査の結果、出入国管理令第二四条四号ロに該当するとした認定を誤りがないとした、同所特別審理官の判定に対する不服申立に過ぎないことは控訴人の主張自体で明らかであるから、本件訴の提起について行政事件訴訟法第一四条四項を適用する余地はなく、控訴人の主張は採用できない。

したがつて本件不許可決定取消の訴は出訴期間を徒過したのちに提起されたもので不適法であり、その内容に立ち入つて判断するまでもなく却下すべきものである。(なお付言すると、出入国管理令第五〇条および第二一条に定める被控訴人法務大臣の在留特別許可およびその更新については、その許否は法務大臣の自由裁量に属するものであるのみならず、前記二で判示したような控訴人の犯罪歴を考えると、〈証拠省略〉から窺われる控訴人の生活歴、家族関係、生活状況その他諸般の事情を斟酌しても、被控訴人法務大臣の本件不許可決定に裁量権の逸脱または濫用があるとは到底認め難い。「日本国に居住する大韓民国国民の法的地位および待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定」によつて永住許可を認められた大韓民国国民との取り扱いの相違を理由として被控訴人法務大臣の裁量権の濫用をいう控訴人の主張は採用できない)。

五  被控訴人主任審査官が本件退去強制令書を発付して本件退去強制処分をしたことは当事者間に争いがない。そして本件退去強制令書が、旅券に記載された在留期間を経過して本邦に残留する者について退去強制を定めた出入国管理令第二四条四条ロを根拠として発付されているとコろ、控訴人が従来法律第一二六号第二条六項該当者であつたために、旅券そのものを所持していないことは被控訴人主任審査官も認めて争わない。しかし、出入国管理令第二条五号によると、同令にいう旅券とは、日本国政府、日本国政府の承認した外国政府または権限のある国際機関の発行した旅券またはこれに代る証明書を意味するものとされ、また同法施行規則第三七条九号は、在留特別許可において在留期間その他の条件を付す場合において当該外国人が旅券又はこれに代わる証明書を所持していない場合には、特別許可の条件等を記載した同規則所定の在留特別許可書を交付するものと定めていることを勘案すると、出入国管理令第二四条四号ロは、狭義の旅券を所持している者に限らず、旅券に代わる証明書および在留期間を明示した在留特別許可書を所持しているものについて、所定の在留期間を徒過して本邦に残留する場合には退去強制の事由に該当すると定めたものと解すべきである。したがつて控訴人が旅券を所持するものでないことを理由に右規定の適用を受けない旨の控訴人の主張は採用できない。そのほか、控訴人がいまなお法律第一二六号第二条六項該当者であることを理由に出入国管理令第二四条の適用を受けないとする控訴人の主張が理由がなく、被控訴人法務大臣の本件不許可決定が無効もしくは取り消すべきものと認められないことは既に判示したとおりであり、本件退去強制令書の執行が不能でないことも前示のとおりであるから、控訴人の被控訴人主任審査官に対する請求は理由がないといわざるを得ない。

六  以上の次第で、控訴人の被控訴人法務大臣に対する主位的請求および被控訴人主任審査官に対する請求はいずれも理由がないから失当として棄却すべきであり、被控訴人法務大臣に対する本件不許可処分の取消の訴は不適法であつてこれを却下すべきである。これと同趣旨にでた原判決は正当であり、本件控訴は理由がないので棄却すべきである。よつて控訴費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官兼築義春 守屋克彦 田口祐三)

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